研究会会長あいさつ

研究会の軌跡と展望
あくなき探求と挑戦

周術期疼痛管理研究会会長

顧みますと私が、術後疼痛管理に対する関心と研究会を発足させた契機は、平成12年に初代研究会代表の松下由美子教授から紹介して頂いた、長谷川陽子先生(当時、救世軍病院ホスピス科医長)との出会いでした。長谷川先生から大学病院で麻酔科医として勤務していた頃に、モルヒネ使用による術後疼痛管理が患者にとって安楽で有効であったことを伺い、私は全身に電撃が走ったような衝撃を受けました。長谷川先生と白熱した議論を交わしている中で、「ー日でも早く術後患者が安楽に過ごせるようにしたい」という専門職としての使命感と熱意が湧きあがったことを今でも鮮明に覚えています。

私は、十数年に亘る集中治療室や外科病棟での臨床経験の中で、多くの術後患者さんが、痛みによって苦しみ、その結果、離床が遅れ、合併症を併発する状況を見てきました。当時の私は、術後疼痛を「なるべくしてなった結果」、「どうすることもできないもの」、「日柄で落ち着いてくる」等と捉え、痛みが鎮まるのを待つという姿勢で患者さんと関わっていました。しかし、大学で周手術期看護を教授するようになり、学生指導のために臨床現場に出向いた際に、十数年前に私が経験していた状況と何ら変わることもなく、術後疼痛で苦しんでいる患者さんが多い現実を目の当たりにし、「本当に周手術期看護はこれでよいのか」、「周手術期看護の専門性とは何か」、「看護は苦痛を緩和することではないのか」、「なぜ、鎮痛・緩和できないのか」等々、自問自答するようになりました。私は、悶々とする気持ちを解決するために書籍や文献に当たってみましたが、日本の文献は希少でした。また、既に、急性疼痛ガイドラインが策定され、急性疼痛サ-ビス(Acute Pain ServiceAPS)の体制があった欧米諸国の文献を当たってみても、術後疼痛管理において先進的医療を提供している国でさえ、未だ術後疼痛管理が十分でない実態がわかりました。結局のところ、文献からは私の疑問や悶々とする気持ちを解決するには至らなかったため、解決の糸口は、自ら見出すしかないという結論に至りました。

まず、臨床看護師がどのような考えで患者の痛みに向き合い、看護しているか等の実態を明らかにするために、平成12年から山梨県立看護大学(現:山梨県立大学)の共同研究費の助成を受け『手術療法を受けた患者の術後疼痛管理に関する研究』(研究代表)に着手しました。5名の臨床経験豊富な看護師へのインタビュー調査結果をもとに、臨床看護師の術後疼痛管理に対する認識の実態を明らかにする目的で全国調査を実施しました。その結果、術後患者にとってー番身近な存在である看護師の多くが、術後疼痛に対する認識の不十分さ、アセスメントや評価の困難感、医師や看護師間でのジレンマ、術後疼痛管理や緩和ケアに関する知識不足等を感じ、一方で、「患者の痛みをどうにかして緩和したい」、「的確な知識や技術を身につけたい」、「効果的な術後疼痛管理を行いたい」と思っていることがわかりました。

そこで、解決の一助として、山梨県の臨床看護師に対して、術後疼痛や術後疼痛管理に関する理解のための研修会を実施しました。初めは手探り状態での研究会活動でしたが、平成16年に研究会代表になってからは、受講者のニーズを基に研修会構成を、理論学習のための基礎コ-スと、理論学習からより実践的理解に繋げる実践コ-スとして体系化し、さらに年1回の研究会フォ-ラムをリニュ-アルしました。

活動当初のメンバーは、主に大学教員でしたが、研究会活動の趣旨に賛同した臨床看護師や大学院生等が集うようになり、研修会の企画・運営だけでなく研究活動も同時に行える体制が整いました。第1回の研修会から参加している藤森玲子さん、星野裕美さん、中込洋美さんやその後に参加している大学教員、大学院生、臨床看護師の方々が、現在は本研究会の役員として、研究会活動を推進する大きな力になっています。また、患者管理鎮痛法(Patient-Controlled AnesthesiaPCA  )を先進的に行っていた山梨大学医学部附属病院麻酔科医師の飯嶋哲也先生には、研究会の発足当時から研修会の講師、研究会の顧問、研究の共同研究者として関わって頂き、研究会活動とその成果を全国に紹介する多くの機会を提供して頂いております。また、北杜市立甲陽病院副院長の中瀬一先生、薬剤師の浅川浩樹先生、山梨厚生病院外科医長の伊從敬二先生も既に役員になっていた方々からご紹介して頂き、研修会の講師や顧問として本研究会活動に多大なご尽力をいただいております。

長年に亘る研究会活動の中で、平成15年に文部科学省科学研究費助成による研究「周手術期看護における術後疼痛管理スタンダ-ド及び教育プログラム開発に関する研究」(基盤C) (平成15年~17)に採択されたことは研究会メンバーの大きな原動力になりました。その熱い思いの中で、メンバーが―丸となり、『術後疼痛管理教育ビデオシリーズ』(3)を制作しました。さらに平成21年には同省科学研究費助成による研究「外科系病棟における看護師への術後疼痛管理教育の効果に関する研究」(基盤C)(平成2123)が採択され、現在、研究を進めている段階にあります。

本研究会は、10年間に亘り、周手術期にある患者のQOLを目指した効果的な術後疼痛管理の実現のために、メンバーがー丸となって地道に活動を行ってきました。メンバーにとって、勤務をしながら月2回の定例会議への出席や研修会等の運営を行うことは、容易なことではなかったと思います。また、大学教員で事務局担当の井川先生、山本先生には研究会運営や準備等に多大な労力を注いで頂いています。全メンバーが労を惜しまず、常に活力をもって活動できたのは、個々のメンバーの力が結集され、自らが創り上げる研究会であったからだと思います。現在は、個々の実践能力が向上し、現場を変革できる力に繋がっています。私の力は微々たるものですが、大学教員、臨床看護師、麻酔科医師、外科医師、薬剤師等から構成する多職種連携の本研究会を、チ-ム医療による効果的な術後疼痛管理の実現を目指すだけでなく、周手術期医療の全体的な視点から今日的課題の解決に向け、あくなき探求と挑戦を続け、さらに発展できるものにしたいと考えています。